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うわごと
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 さてさて
いろいろありました。
『追いつかない』
ツイートのごとく、
思ったら書く
感じたら書く
という感じにすればいいのかしらん...と思ったり
いろいろあるのは皆さん一緒。
忙しさや時間はだれにも平等...と思ったり
なんつて

親父を無事?送って...
えーと四十九日がまだだからもうちょっとか?
初盆も被災地で予約がいっぱいだから早めて
なおかつ、四十九日、百か日?をまとめてやるので
親父殿には申し訳ないが急いでもらって...
ええぇい!
あったことをただ述べたいのではないのだ!
それらを通しての感動ヒューマンブログをぉぉ
書きたいのだぁぁ

京都へ行って
1週間ほど
名和晃平さんのSANDWICHでお世話になっていました。
制作、せいさく、せいさくぅう
人とのつながり
とてもしあわせでした...つづく





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20110703143741.jpg 『ぬううぅぅう...
 わしの居ぬ間に この メス猫があぁあ 勝手にブログ書きおってぇ』

『歯をくいしばれ、腹に力をいれよ 神か仏にでも祈るが良いぃぃ』

シシオ(3歳♂)は、このご主人さまのもーれつな怒りが、このメス猫に
注がれるのをびしっびしっ感じて、多少興奮するのを抑えきれずにいた。

日課の朝晩の散歩で爆発的な興奮をするシシオに
ご主人さまの容赦ない鉄拳が降り注がれるように...
『君もあびるがいい。ご主人さまの熱い拳を魂を!』とほくそえむシシオ(3歳♂)であった。

しかし主人の言葉とは裏腹にメス猫を赤ん坊をあやすかのやうにやさしくなでまわし
赤ちゃん言葉を発する主人がいた。

『ウワアーアアアンうううぅ〜』(そりゃないぜ)
声に?ならないシシオ(3歳♂)であった。

しかし彼の(シシオ3歳♂)のものすごい所は
速攻で忘れることである。
『はやく はやく 散歩にいこうぜ! ご主人さんよおぉ』

そうしてまたご主人さまの『熱い拳と魂』を受けるのだ。

*ご主人さまの『鉄拳』はフィクションである...でも怒る。

 あたし『猫』。
なまえは『つんつん』
あの人は(ご主人が)いっぱいいっぱいだから代わりにつぶやくの。
あら..ツイッターじゃないのね
まあ、どおでもいいわっ。
しかし暑いわねえ
それもどおでもいいって?まぁ短気なおとこは嫌いよ!
のんびりすぎるあの人(ご主人)もどうかと思うけど
あたしが呼べばすぐに飛んでくるの
遊んであげてるわ。
でかい図体だけど最近やせたわねぇ
『おら、味噌と玄米でいい』と実践してたみたいだけど...
張りつめすぎないでね。
なんども遠くにいっていたみたいだけど
ご飯頂ければ大丈夫よあたし。
でも勘違いしないで、食べてあげてるのよ!
いままで一人でカエルやモグラとって生きてきたのだから。
まあでも...一人でないのもいいわね。

あらニコニコしたおじいさんがずーといるわよ。
あの人(ご主人)に似てるけど見えないのかしら?
あいかわらず作品つくらずもんもんとしてるみたいだけけど
おじいさんニコニコ見てるわよ。
あたしとししお(犬3才)に何か言ってったけど
何を言ったかは秘密。

『大丈夫よ』と言ってあげたわ。
シシオとね。

もんもんしないで作品つくれって言ってあげるの。

おじいちゃんいつの間にかどっか行っちゃったけど
また来るといいわね。

また来てよねおじいちゃん。





 うーん 言い訳がましいタイトルで失礼いたします。
最近人づてに、読みづらい、言いたい事がわからない
誤字、脱字 パニックになっているのはよくわかるが...
と貴重なご意見頂き
『それは大変失礼いたしました!』

とはぜんぜん思わなく
『あ〜ぜんぜんまだ足りないのかも』
『もっともっとぶつけろ あたし!』
うすっぺらい付き合いなんてぶち壊せ
と思う今日このごろ...

こんにちは
学生の頃、東北出身ということもあり純朴でいいひと と見られ
入学時にチヤホヤされ、毒を吐いたとたん引かれていった
にんげんだもの 『及川みのる』です。
おひさしぶりです。
わたしの吐くものには測定されるような物質はなに一つ入っておりません。
安心して下さい! 安心して下さい!
テレビと どっちを信じますか?

さて宮城に帰るのも3回目になりました。
ご心配、ご協力して頂いてる方のためにも自分だけの感情とは別のレポートを
と思います。
自分自身こういった書くことを続けていくためにも
『簡単な』ということをキ−ワードにしていきたいと思います。
ご容赦下さい。
先週のGWと重なるように帰っておりました。
メールの転送文にて

 

あれから行ったり来たり実家へ行っておりました。

私の母は寝たきりの父の介護をしていて

この震災で、地震、津波、介護に放射能と

戦時中よりひどいな と言っておりました。

ですが生きているからこその言葉だと思って母と

笑っておりました。

介護施設もデイに来てて町そっくり無くなった方達を

そのまま受け入れているので入ることもできませんでした。

ですが地域のみなさんで動いて頂いてます。いままで通りヘルパーさん

看護士さん来てくださったり(職場なくなったり、自宅もないのに)

全国から集まってきている

医療関係の方達がチームを作って自宅まで診療にきて下さっています。

たいへん親切に診てもらって、にぎやかだと母も楽しそうです。

感謝です。







HP、ブログ、ツイッター、個別に携帯アドから沢山の方からの
なにかできないか?協力するよ!応援するよ...声頂いています。
今回被災地より(なんかそう書くと重いな...)故郷から帰ってきて
そういった応援の声に対して思うことがありました。

避難所の母の体調がおもわしくない、2週間経って電話で話せてわかったことでした。
すぐさま準備して、現地の幼なじみに確認をとって向かった。

幸い実家の近辺、町は奇跡的に残っている。(旧本吉町、津谷)
気仙沼から近辺の南三陸(旧歌津、旧志津川)はほとんどの町や集落は
海沿いに点在している。
ほとんどが被害を受けている中、津谷の町は少々海より内陸にあるので
津波の被害は出ていなかった.....はずが
川津波。
実際その土地にいても聞いたこと、伝わってもいなかったのではなかろうか?
小泉地区の町をすべて飲み込み、川をさかのぼっての被害。
距離は定かではないが、海からかなり離れたこの町の病院の1Fまで飲み込み
川沿いの家々を破壊したまま、町の裏でやっと止まっていた。
海沿いの橋はなくなっているためいつもとは違う山ルートで入る。
山田地区といういかにも山の中にある川から異常な景色があった。
津波の終着点がそこにあった。倒れかけの電柱の下を通った時に
なんというかこころの何かが切り替った 現実だ....と 未完成つづく

 
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